2009年9月3日木曜日

アッラーの氷。

火曜日の宵の口、激しい砂嵐のあと、雷雨がきました。もっか雨季なので、これはごく普通の出来事。わたしは、外から大慌てで家に帰ってくる子どもたちのはしゃぎ声を聞きながら、お部屋で本を読んでおりました。雨で気温が一気に下がり、とても快適です。

しばらくすると、お隣の娘さんが「ギャー!ギャー!」とわめきはじめました。このお嬢さん(18歳くらい)、極度のショック――知り合いが亡くなったり、自分のベイビーが石鹸を口にして吐いてしまったり――を受けると、動物がとり憑いたようにわめき暴れ、過呼吸気味になってしまいには失神する、という、たいへんセンシティヴなところのある子です。普段のとても理知的&かなり美人の彼女からは想像できないその姿に、最初こそおったまげたものですが、何度かその介抱をしているうち、ようよう慣れてきたところでした。(まぁそれでもあの姿を見ると、毎回心臓がバクバクしますが。)

わめき声を聞いて、「すわ、今回はなんだ!?」と外に飛び出たところ、なんと彼女が、大粒の雨がふる中庭を笑顔で走りまわっているではないか!「まあ、彼女にはこんな陽気な発狂パターンもあったんやね…」と呆然としていると、彼女が「ミク、あなたもおいで!」と私を誘ってきます。その様子は、興奮気味ではあるものの、いつもの感じ。どうやら今回は発狂しているのではなく、なにかに大喜びしていただけのようです。あぁひと安心。すると、長屋のほかの皆さんも続々と、おおはしゃぎで中庭に飛び出してきました。

「ミク!アッラーの氷よぉぉ!」と叫びながら、彼女が地面から拾った氷の粒を渡してくれました。わぁっ、雹(ひょう)だ!大粒の雨に混じって、ぬかるんだ地面に、ぼとぼとと雹が落ちてきているのでした。べつのお隣さんも、落ちてきた雹を拾いながら、「拾いな!食べな!」と笑顔ですすめてきます。砂まみれだったけど、雨ですこし洗ってそのままぱくっ。あぁおいしい。

耳を澄ませると、激しい雷雨の音に混じって、町のほうぼうから歓喜と興奮の声が聞こえてきます。どうやら町じゅうの皆さんが、雹を拾って食べている様子。わたしも一気にテンションが上がって、大雨の中庭に飛び出しました。

どっ、どっ、と音をたててそこここに落ちてくる雹を拾っては口にほおり、拾っては口にほおり。けっこうな大きさ(大きいもので3cm角くらい)なので、背中や頭に当たるとピシャリと痛い。雨もだいぶ激しくて、ちょっと先もよく見えない。でもめげない。身をかがめ、拾っては口にふくむ。皆さんのはしゃぎっぷりと言ったら、幕末の「ええじゃないか」はこんな感じだったのでは?と思わせる感じです。

「おんな子どものようにキャッキャとはしゃげないぜ」というおじさんたちも、ちゃっかり子どもに食器やコップを渡し、拾い集めさせています。惜しげもなく豪快に降ってくるので、一分とたたずにコップは満杯です。


ご覧あれ、大雨のなか輝く大粒の雹。

雹は5分ほど続きました。いやぁ、大興奮ですばい。日本で霰(あられ)は見たことがありましたが、雹がこんなに大量に落ちてくるのを見たのは初めて。しかも、大人も子どもも大雨のなか外に飛び出し、地面に落ちた雹を拾ってぱくぱく食べているなんて!知らない人が見たら、なかなかにシュールな光景です。

雹の記念撮影をして、びしょ濡れの服を着替えて、髪をふいて、ふと冷静になってから思ったのでした。でっかい雹のかたまりが頭に直撃して怪我しなくてよかったなぁ、その場合、海外旅行保険は自然災害でおりるのかなぁ、でも自分から危険に飛び込んでいったから無理かなぁ、と。そして、ところで皆さんはなぜ狂喜乱舞してアレを食べていたのかなぁ?と。

お隣のクンバ姐さんに尋ねたところ、「ガリ(ジェンネ語で雹のこと)はアッラーの氷。食べるとたいへん体に良い。あれは薬だよ」とのこと。彼女は、病気で寝込んでいる旦那さんにたくさん食べさせていました。薬なのね。今回は特に多かった、とのことでしたが、ジェンネでは毎年一回くらい雹が降るそうです。

たしかに、こんな暑いところ、皆さん信心深いところで、空からバラバラと氷が降ってくれば、これはアッラーが降らせてくれた恵み、ひいては体によいもの、と人びとが考えるのには納得がいきます。そして実際、工場の排煙も車の排気ガスも無縁なジェンネの雹は、ピュアな感じでたいへんおいしい。甘く澄んだお味とでも申しましょうか。

その後ご飯を食べに向かった大家さんちでは、大家さんがふてくされていました。彼はモスクで礼拝中だったために雹を食べられなかったとのこと。「お前たちもガリ食べたんだろ?なんで拾ってとってといてくれなかったんだよぉ」と奥さんや息子に文句を言いだす始末。降り終えてしばらくしてからも、懐中電灯片手に「ガリ…ガリ…」とつぶやきながら、家のまえの路地を探っていました。嗚呼、ガリ。不惑をとうに越した中年をも惑わす、アッラーの氷。

ガリと言えば、わたしが思い出すのは日本のガリです。お寿司に添えてある、あの甘酢しょうが。何を隠そうわたしはあれがとても好きでして、よくガリ単独でぽりぽり食べていました。業務スーパーには、ガリの業務用パック(300gくらいだったかな)なる好ましいものが売っています。去年の今ごろは、それを肴に、ベランダで月を眺めながらひとりちびちび冷酒をなめる、という貧乏自堕落なことをしていたものです。ガリと言えば思い出されるそのお味。そんな不信心なわたしです。

でも、ジェンネのガリも日本のガリに負けず劣らず、たいへんおいしく、そして貴重なものでした。アッラーよ、おいしいガリをどうもごちそうさまでした。あと、きっと皆が食べやすいように、しかも怪我をしないように、雹の大きさを適度に調節してくだすったのも、どうもありがとう。

2 件のコメント:

  1. その場に居合わせたかったと思わせる情景やね。私は生姜のガリで手を打つわ。その暑さで雹が降るってのも、よーわからん。
    こちらは急に秋になり、あまりの夏の短さに気をもんでおります。ホンマにガリでも降ってくるんじゃぁ・・・。

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  2. 〇 ぽ

    > 私は生姜のガリで手を打つわ。

    でも業務スーパーのは、あんまりおいしくない。こんど帰国したら、ガリを手作りしてみようと思っているのです。薄切りしょうがを甘酢に漬けときゃ、どうにかできるっしょ、たぶん。

    日本でガリが降った時って、「建物のガラスが割れてしまいました」とかいうニュースをよく見るよね。こちらは何もかも泥でできていて、ガラスが一切ないので、ばらばら降っても安心です。

    お仕事そろそろ新学期?がんばってハレンチ先生してください。

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