2009年8月26日水曜日

お困りアテテ。

お元気ですか。わたしは長いこと、お腹は痛くない(鈍い違和感はある)のに下痢です。なんなのかしら、これは。どなたかこれをご覧になっている内科関係の人がいたら、教えてください。(ジェンネの病院に行ったら、外傷でない場合たいてい「マラリアですね~」で片付けられてしまうのです…)。それ以外はいたって元気です。

さて、マリの大統領はAmadou Toumani Touré(アマドゥ・トゥマニ・トゥーレ)といいます。マリの皆さんはかれのことを、その名前の頭文字をとってATT(アテテ)と呼んでいます。1991年に軍事政権をクーデターで倒した中心人物のひとりであり、2002年には大統領に初当選し、2007年に得票率70%ちかくで再当選。任期は2012年までです(大統領は最長二期まで。)

さて、そんなATTが、なんだか困っています。

8月上旬、マリの国会で家族法の改正案が可決されました。一部のマリの人びとが、「この改正はムスリムの在りかたに反する!」と怒っているのです。マリのムスリムにつよい影響力をもつHaut Conseil islamique(イスラーム高等委員会)も反対を表明。マリ各地の主要都市などで、大統領に改正を破棄するよう求めるデモも行われています。ジェンネでもつい先日、州知事へ要望書が提出されました。

そんなわけで、法律を通しちゃった大統領ATT、思いのほか激しい国民からの反対にたじたじ。

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さて、問題になっている家族法の改正案がどういうものかと言いますと…いろいろ改正は行われたようですが、議論のおもな対象になっているのは、遺産相続と婚姻にかんする以下の点です。

まず遺産相続。ひとつは、婚外子の遺産相続にかんして。

新しい法律では、婚外子(婚姻関係にない男女のあいだに生まれた子ども)と嫡出子の財産分与額が均等になります。マリには、日本よりはるかに、結婚せずに子どもを生んでいる女性が多いと思います。「北欧か!」とつっこみたくなるほどの多さです。日本だとその子を産んだお母さんは社会的にも経済的にも孤立してしまいそうですが、わたしの印象では、マリのそうした女性と子どもは、親や兄弟、近所のひとに助けられながら、けっこうのんびりやっています。

ちなみに、わたしの長屋のお隣さんは、両隣ともこの例です。しかも親子二代にわたって。
まぁもちろん、既婚者とのあいだに子どもができてしまった当初は親戚からやんやと言われていたようですが、かわいい赤ちゃんがおなかからぽろっと出てくれば、皆さんでろでろ。家族だけでなく、お近所中からかわいがられています。「お父さん」はたまぁに赤ちゃんに会いに来ては、「パパでちゅよ~」と言って赤ちゃんの洋服やおもちゃを置いては、そそくさと帰って行きます。…まったく。

そんなわけで、改正後の事例にあてはまる人が多いので、当事者――婚外子である子ども、その子を産んだお母さん、「お父さん」だけどその子のお母さんとは結婚してない男性、その他あれやこれやとかまびすしい親族――にとって、この改正のインパクトは大きいと思います。「これでは結婚せずに子どもを産む女性が増えて、本来あるべき結婚の美徳が軽んじられてしまうではないか!」というのが、反対する皆さんの危惧です。

もうひとつ、遺産相続についての改正。娘と息子の遺産相続について。

あたらしい法律では、証人の前で宣言されたり、遺言状で明示された場合には、息子と娘の財産分与が均等になります。日本では基本的に相続額に男女の区別はないですが、マリではたいていの場合、そうではないそうです。つまり、これまでは、お父さんが亡くなったら娘は息子の半分以下の遺産の分け前しかもらえなかったそう。改正は、それを男女の区別なく同じ額にしよう、というものです。

さらに婚姻について。役所への届け出の義務化です。

改正法では、以前このブログでもご紹介した「行政婚」(役所で"公式に"宣誓された結婚)しか、結婚として認められないことになります。これまで長いあいだおこなわれてきた、伝統的・宗教的な結婚式だけでは、「結婚」と認められなくなるそうです。

つまり、伝統的な結婚式をしっかりとりおこなって、それによってそれぞれの家族や地域の人びとに夫婦として認められて、あぁやれやれよかった…と思って子どもを産んだら、「行政に届けてないから、あなたたちは夫婦ではないし、その子どもは婚外子ですよ」と言われるのです。

こうした、これまでマリで広くおこなわれてきた、イスラーム法にのっとった、マリの伝統にのとった遺産相続や婚姻のありかたを否定する・禁じるような改正に、人びとが怒っているのです。

また、他の改正内容には、「奥さんが商売をはじめるのに、もう旦那の許可は必要なくなる」といったものも。というか、今まで旦那の許可が必要なことを知りませんでした。

「今でも、妻が商売を始めるのに反対する夫はあまりいない。そんな男は愚か者だ。女は働き者だし、たいていの場合わたしら男より商才がある。商売を始めたかったら、奥さんから旦那さんにお伺いをたてて、夫婦で話し合って、旦那が「じゃぁ頑張ってね」と言って問題なくやってきたのに、なぜこんな「西洋的な」文言をわざわざ入れる必要があるんだ?」――とは、近所のおじさんのことばです。

彼の奥さんは、バリッバリの商魂たくましい女性で、わたしの家にもたびたび「あんただけに特別よ!いい布が入ったのよぉ」などと、なかば強引に布を売りつけにきます。

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今回の騒動、家族法の改正は、あくまできっかけに過ぎないような気がします。大統領のこれまでのやり方に抱いていた疑問が、この「イスラームの在りかたに反する」ような改正法をきっかけに噴出した、そんな印象を受けます。

ATTのやり方は、とにかく派手です。そしてお金のにおいがぷんぷん。大規模な公共事業をばんばん行い、国営テレビで毎日自分の動向を流させ、国外遊説にも精力的。そのおかげか?、マリの経済はぐんぐん伸びつつあります。また、ムスリムが大半の国にかかわらず、ムスリムのことを嫌いな欧米からも、マリは「民主化の優等生」だとほめられています。

マリの経済発展は、「干ばつを抜けた」とも言われる安定しつつある雨量と、それによる農業の復活と、経済が安定しつつあるのに相変わらず欧米から垂れ流される莫大な開発援助金&投資、そしてたくましく世界各地に出稼ぎにいっているマリ人からの送金が最大の要因だ、とわたしは思っています。

でも、「国が豊かになったのはATTの政策のおかげだ!」といのが、二期目をねらう選挙時のかれの陣営の主張でした。実際にその主張に同意した有権者がたくさんいたからか、ATTは再選(大統領は直接選挙で選ばれます)。わたしは2007年の大統領選挙期間中もマリにいましたが、イケイケドンドンといった勢いでした。なにせかれの選挙時のキャッチ・フレーズは「Un Mali qui gagne!」(勝てる/稼げる/進歩するマリ!)。うぅん、まことにギラギラしています。

でも、二期目も一年を過ぎ、たくさんの人が、「…あれ?」と思ってきている、そんな雰囲気を感じます。(べつに私は政治アナリストではないので、以下の記述はあくまで「雰囲気」です。論文でないんで、ゆるい表現お許しを。)

というのも、最近のマリ政府は、やたらと「西洋」っぽくなろうとしている、そうなれるマリはすごいんだぞ~!おしゃれでモダンなんだぞ~!と意気込んでいる、その先頭にATTがいるからです。もちろんその背景には、そうすれば欧米からたんまりと援助金がもらえる、という事実があります。

マリは古い歴史をもつ地です。中世から帝国が栄えました。イスラームは10世紀頃からはいってきました。独自に発展してきた米作や綿花などの農業も(雨さえ降れば、川の増水さえ十分ならば)とても豊かです。そんな長い歴史のなかで築かれてきた、秩序だとか人びとの穏かさだとか生活のあり方、そういうものを尊重するよりも、「西洋」のお尻を追いかけてきゃっきゃとはしゃいでいる国のあるじに、皆さんが「チョットちがうんじゃない…?」と違和感をもちはじめたのだと思います。

わたしはマリ国民ではないけれど、部外者のわたしでさえ、なんだかマリが「プチ・西洋」になりつつある奇妙な違和感をいだいています。西洋化=悪い、というわけではないけれど、その土壌がないところに、うわべだけ西洋化のめっき(しかも安普請の突貫工事で)をほどこしても、すぐにガタがくるんでないかしらん。そんな気がします。

ATTは金髪のロングヘアーにあこがれているのかな。チリチリ縮れ毛は醜いと思っているのかな。「この縮れ毛が伸びにくいのなら、きれいに編みこんでおしゃれにしましょ!」と、さまざまな編みこみの技法を発展させてきたマリの人びとの技にこそ、「国の発展」があるように思うのですが。

まぁ、国民が大統領への反対をはっきり表明できる点、表明しても逮捕されたりしない点、しかもその表明方法が暴動ではなく、デモや嘆願書、各政治・宗教団体の声明発表という形でなされている点をかんがみると、マリはやはり「民主化の優等生」なのかもしれません。


【写真1】ATT。よく言えば、親しみやすいお顔。バッチリおめかししてるけど、どこか近所のおっちゃん風情。


【写真2】本文とは関係ありませんが、今でも「彼はハンサムだったなぁ!」とマリ人がたびたび懐かしむ、マリの初代大統領モディボ・ケイタ(1915-1977、在任期間:1960-68)。おぉ、たしかに、穏かな凛々しさ。大統領というより若き王様っぽい。ちなみに身長は198cmだったそうです。Quel homme grand!

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