2009年8月23日日曜日

ハウメ。

きのう土曜日から、断食月ラマダーンにはいりました。

その前日の金曜日、ジェンネの皆さんは、西の空に新月を確認していました。密集した家々の屋上で、大人も子どもも、皆がうきうきした感じでひとつの月を眺めている光景は、とてもステキでした。イスラーム暦は太陰暦なので、新月とともに新しい月が始まるのです。ラマダーンの開始を、自分たちの目で確認していたというわけ。

新月は、じゃれた子猫が空にうっかりつくってしまった引っかき傷みたいで、かぼそくて色っぽかったです。



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この月のこと、また断食そのもののことを、ジェンネ語で「ハウメ」といいます。ハウはくっつける、メは口の意味なので、つまりは断食=「お口チャック」の月です。

日本語の「ダンジキ」という語は、どことなく迫力のある響き。濁点率50%だし。一方、「ハウメ」という言葉には、どこか不思議な風情が。この語は、ジェンネのラマダーンの日々を、意味だけでなく響きからも上手にあらわしているように思います。

わたしはムスリムではないので、ジェンネにいても断食はしません。それに、病院もあってないようなここで体調を崩しでもしたら、多くの人に迷惑がかかります。食べてなんぼの体づくりです。でも、これは大きな声では言えませんが、断食の「ふり」のようなものだけはします。マリは人口の90%ちかくがムスリムの国。さらに宗教都市ジェンネでは、ごく一部をのぞいて、皆さんムスリムです。ラマダーン中の断食も、「大人だったらハウメするっしょ?」という感じ。

そんななか、「わたしはスリムじゃないんでね」と言って、食べ物も水も口にしない人たちを前に、くぴくぴ水を飲んだりぱくぱくご飯を食べたりするのは…さすがに気がひける。意外と気が小さいのよ。

なので、水はお部屋のなかでひっそり飲みます。お昼ごはんは、いつもは大家さん一家と一緒に食べていますが、ハウメ中は、断食をしない小さな子どもたちと週に3回くらい細々と食べ、ほかの日は自分の家で1人で食べます。なので、人によってはわたしも断食してるように思うようで、「ミクもとうとうわれわれの仲間入り!」と喜んでくれたりします。

こう書くと、断食はムスリムのあいだで有無をいわさぬ厳格さで実行されているようですが、もちろん強制ではなく、例外もあります。ジェンネには、おとなでも体調や年齢を理由にハウメしない人もいます。しかもその「体調が悪い」の敷居が、拍子抜けするくらい低かったりします。気候がシビアですから、無理は禁物なのです。また、妊娠中・月経中・授乳中の女性は断食しません。

なんらかの理由でハウメできなければ、断食月を過ぎてからでも、決まったやり方で一定期間断食をしてリカバリーできる便利なしくみもあります。例外のない規則はない、寛容のない神はない、というわけです。

また、よそではどれくらいの年齢から始めるのか知りませんが、ジェンネでは、食べざかり育ちざかりの小さな子どもは断食しません。でも、子どもは背伸びして大人のマネをしたいもの。「あんたはまだちっちゃいからハウメしなくていいんです!さっさと食べなさい!」とお母さんに叱られても、「いや、食べない。ぼくもバーバ(パパ)と一緒にハウメする!」と言い張って食べない子も。ぷち・はんがーすとらいき。

10歳くらいになって週に1,2日くらいハウメできる年になると、オトナの仲間入りができた誇らしさがあるようです。「えぇ!?ミクはハウメしてないの?大人なのにぃ?あ、ちなみに僕はしてますけど」と、わざわざ自慢しにくるちびっ子もいます。

皆さんにハウメ中の楽しみを尋ねると、断食明け(日が落ちた後)の夕食、という人が圧倒的に多い。お昼ごはんを食べないぶん、いつもよりちょっぴり豪華です。お肉が多かったり、ミルク粥がついたり、一品が二品になったりします。そして日中の空腹を満たすため、とうぜんボリューミー。開放感から人びともごきげんで、家族全員がどことなくわいわいがやがやします。わたしの印象では、ラマダーンは苦行の月というよりも、やはり「聖なる月」。

豪華な夕食のため、ハウメの月は食費がかさみます。皆さんやりくりが大変だそうです。ラマダーン入り前日のお昼にも、「米、砂糖、小麦粉、粉牛乳のストックは国内にたっぷりありますから、ラマダーンの入り用でも品薄になることはありません。ご安心を。品薄感に便乗した値上げなどがないように、当局がちゃんとチェックしてます」というニュースがテレビで流されました。「ラマダーン品薄」が心配されるくらい、この月のエンゲル係数はアップするのでしょう。

わたしが好きなハウメ中の楽しみは、夕食よりむしろ、断食前(日が昇る前)の朝食です。日が昇ったら断食開始なので、皆さん、朝ごはんを4時とか4時半くらいにとります。せっかくなのでわたしも、この時間に一緒にとります。食事は基本的に外か外が見えるベランダや玄関間で。

早朝食の時間、空はまだ夜。日本では人里離れた山奥でしか拝めないような数の星が、わぁっと広がっています。この時期の早朝は、すこし肌寒いくらい。とっても静か。動物も眠っているため、虫の声しか聞こえません。小さな子どもはまだすやすや夢のなか。そんななか、寝ぼけ眼の大人が、長屋の中庭にぽつぽつ座っています。

この朝ごはんを食べ逃すと、前日の夜からこの日の夕方まで20時間近く、何も食べないまま過ごすはめに。なので、断食しているはずなのに起きてこない隣人がいたら、「お~い、おはよー、食べないの?」と声をかけ合ったりします。薪や炭で火をおこして、昨晩の残りものなどを温める。騒がしい昼間には意識しない、ぱちぱちという薪がはじける音と、ゆらゆら赤い火にほっとします。普段かまびすしい近所の奥さまがたも、寝起きでぼ~ぅっとしていてもの静か。寝起きで朝食を食べ終えると、まだ日の出までにはちょっと時間があるので、贅沢にも、皆さんつかの間の二度寝に戻ります。

こんなとき、「あぁ、ハウメもいいもんだなぁ」と、柄にもなくしみじみします。この雰囲気、「ダンジキ」ではないな。やっぱりここは、「ハウメ」と呼びたい。



【写真2】ある午後の中庭。ここで早朝ごはんを食べます。昼間はこんな感じ。長屋に3人もいる赤ちゃんの服が、物干しを占拠。あぁ、雨後のキラキラ太陽に映える幸せの黄色いロンパースよ。そして私より衣装もちの赤ちゃんよ。

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