2009年3月6日金曜日

ジェンネ着。

首都バマコから、調査地のジェンネに移動してきました。

がたがた道をおんぼろバスで13時間の移動でした。1年ぶりのジェンネに着くと、大家さん一家やご近所さんが、「ミク・ゴ・カ!」(ジェンネ語で「ミクがやって来た!」)と駆け寄るように迎えてくれて、ちょっとほっとしました。

久しぶりに会った近所の女性たちには、言葉はすこしふさわしくないかもしれませんが、本当に「ぽろぽろとあふれ出るように生まれてくる」、と表現したくなるくらい、たくさんの新しい赤ちゃんが生まれていました。

マリの出生率の高さは、四方八方から聞こえてくる赤ん坊の泣き声を聞けば、統計をみずとも一目瞭然。50歳くらいでも、15歳くらいでも生みます。あっぱれお母さんです。(ちなみに、CIAのWorld fact bookによると、マリ共和国の人口増加率2.7%、一人の女性が産む子供7.34人、乳児死亡率は10%弱と高くなっています。)

にぎやかなニュースの一方で、お世話になった人が亡くなったという悲しいニュースもありました。同年代の女性だったので、ことさらショックでした。

いつのまにか、ぽろぽろと新しい赤ちゃんが生まれていたり、「男の子」だった子が、いっちょ前な「青年」になっていたり、ふと見渡してみると、もうここにはいない人がいたり。

そういうのを見るにつけ、まぁ当たり前のことですが、あくまで私はここではune passante、通りすがりの者、だと痛感します。

ジェンネにそれなりの人脈や一時の生活のベースはもっていても、しっかりとした根をもたない私が、ここでお世話になっている人や自分自身のために、一体なにができるのかな、などと考えたりします。(もちろん、まずはここでの調査をもとに博士論文を書くことですが…)

そういうことを考えて、ちょっと難しい顔をしていたのだと思います。大家さんちで家族とご飯を食べていると、「あら、ミク、もう日本の家族が恋しくなった?あっ、それとも彼氏か?」と、明るくからかわれました。

ケタケタと笑うみんなを見て、まぁ、あまりうだうだ考えず、できることをコツコツやっていこ、と思った次第です。

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