2009年12月1日火曜日

僕らが闇に隠れて越す理由。

日本でお引越しといえば、よほど何か特別な事情がないかぎり、午前中か、おそくともお昼くらいから始めるものだと思います。ほらやっぱり、夜に荷物を出し入れしていると、「夜逃げ」感が漂うしね。

でもジェンネでは、どうやら違うらしい。

前回の滞在時(2007年)に一度、ジェンネ内で引越しをしました。最初にお世話になっていた町はずれのお宅からいまの大家さんちへ、2km弱のお引越し。引越しというのも大げさな、トランクとバックパック各1個とじゅうたん、ござ、イスくらいの荷物でした。朝からルンルンとその荷物を移動させようとするわたしを、まわりにいた皆さんが止めてきました。「暗くなるまで待て」。「えー、なんでよ?暗いなかで荷物を運ぶのは大変だから、さっさと済ませてしまいましょう」と言うわたしに、さらに、「まぁとにかく、あんまりよくないから、暗くなるまで待て」

よそ者や外国人が、勝手の分からない土地(特に田舎)にやって来て、ある行為を「よくないからやめろ」と止められてしまうと、どうしようもない。こういう状況は、ジェンネに限ったことではなく、日本でもあることだと思います。どうしてダメなのかよく理由は分からなくても、押し切って実行して、悪い噂とか困った事態を引き起こすのはちょっとこわい。なのでおとなしく皆さんの言うことを聞いて、日が暮れてからお引越ししました。暗いなかでがさごそと荷物を運ぶのは、わたしの知っているお引越しのイメージとはちょっと離れていて、妙な感じでした。

さて話はいまに戻って、先日。わたしの部屋にある扇風機を、友だちの家族にあげることにしました。今の季節ジェンネは比較的涼しいので、ここ1ヶ月は扇風機を使っていません。つぎにこれを使うのはきっと、猛暑の日々がふたたびおとずれる3月くらいから。でもそのときには、わたしはもう日本に帰っている予定です。

というわけで、今のうちに人にあげることに。朝、その友だちに「扇風機いる?」と言うと、「くれるの!? あとで息子に取りにいかせるね!」と、たいへん喜んでくれました。扇風機は安いものでも1万CFA(2000円くらい)するので、超高級品とまではいかなくても、誰でも買えるものではないのです。

しかし夜8時になっても、まだその息子は扇風機を取りに来ず。忘れてるんだろうな、急ぎでもないしいいか…と眠りつこうとした夜10時に、やっと来た。寝巻き姿で「遅かったね」と扇風機を渡すと、「暗くなってからでないと、よくないですから」とのお返事。彼は懐中電灯を口にくわえ、両手でよろよろと、じぶんの背丈と同じくらいの扇風機を運んでいきました。

これもやっぱり、夜なのね。引越しだけだと思っていたけど、どうやらこういう場合の荷物を運ぶのも、暗くなってからのほうがいいらしい。それにしても、よほど暑い季節でない限り、昼間に引越し荷物を運んだほうが、なにかと作業しやすいように思うけど。というわけで、いろんな人に、なんで夜に引越しをするのかを聞いてみました。

皆さんの答えを要約すると、いわく、「明るいうちに荷物を運ぶと、あなたの家に一体なにがあるのかが、誰の目にもわかってしまうでしょ? それを隠すために、暗くなってから荷物を運ぶ」。ほぅ。でもなんで、荷物の内容がばれるとよくないの?「ここにはたくさんの嫉妬がある。荷物を見て、『あの人んちにはあれがあるんだ』『へぇ、あれも持ってるんだ…』と思うひともたくさんいる。ひとの嫉妬心をひきおこすのも、嫉妬の対象になるのも、よくない」――ほぅ、なるほど。

ジェンネのひとは、数百年の歴史をもつ古都の住民だけあって、じぶんや他人の「見栄え」を気にする人たちだなぁ、と、つねづね思っています。と同時に、こういう他人からの嫉妬も、皆さんとても気にしているように見受けられます。闇にまぎれての引越しも、そういうことなのね。

たしかに、皆が顔見知りで、互いの経済的状況や家族喧嘩も筒抜けなこの狭い町で、扇風機を持って昼間にうろうろしていたら、「それどうしたの? 買ったの?」と聞かれること必死。そのときに、「ミクからもらった」と答えようものなら、『ミクはなぜ私たちのところにくれなくて、この人のところにあげたのかしら』と思われることもありうる。「買った」と嘘をつこうものなら、『あの家は扇風機を買えるほどお金はないはずなのに…あやしい』と思われるかもしれない。

ひとつの家をぽんっと引っこ抜いたら全部の家が倒れてしまいそうなくらい、家々が背中合わせ・お腹あわせで密集しているこの町。家々のあいだを縫うようにはしる路地には、皆が顔見知りの安心感と、皆がどこか監視(というとおおげさですが)しあっている緊張感が一体になって漂っているんだなぁ、と思うのでした。

嫉妬はしないにこしたことはないし、たがいに見張っているような緊張感はないほうがいいですが、まぁ、いろんなタイプの人たちがくっついて暮らしていると、そういう気持ちが生じるのは、人の性(さが)かもしれません。(ちなみにジェンネでは、嫉妬からくる"病気"や他人からの嫉妬をそらすためのおまじない・神頼みも発達?しています。)

『これは人の性だからしかたないさ、できるだけこれを防ぐふるまい方を編み出そう』こういう"性悪説"な姿勢は、「嫉妬はよくないわ! 」「ひとを妬むなんて人間がなってない証拠なり」と固く厳格になるよりも、プラティカルな気がします。それに、人間がぎゅうぎゅうくっついて暮らしているのに、隣に誰が住んでいるのかすら知らなくて、階段ですれ違って挨拶したら無視されちゃうような日本の単身者のアパートよりも、しごく健全だと思うわけです。

うーんでもやっぱり、人の目を気にして夜に荷物を運ばなきゃならんのは大変かな。世界中のどこに住んでも「住めば都」とまでは言いませんが、どこにも心地よさと同時に窮屈さがあるもんですたい。

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