2009年11月11日水曜日

「おじいさん」がやってきた。

日本でもそろそろ、クリスマス・年末商戦がはじまるころでしょうか。イスラーム暦(陰暦)のこちらは、あと一週間ほどで12月にはいります。ひと足先に「年末」です。

イスラーム圏では、この月のまんなかに羊の犠牲祭がおこなわれます。アラビア語ではイード・アル=アドハーと呼ばれるそうですが、マリを含む西アフリカのイスラーム圏では、「タバスキ」と呼ばれます。盛装して皆でお祈りをし、友だちの家を賑々しくあいさつしてまわり、ほふった羊を家族みんなであますところなく食べ――という、厳かかつ楽しいお祭です。このお祭りのときには、都市や外国で働いている家族も帰省したりして、ちょうど日本のお正月のような雰囲気。(ただし、日本の祭りに欠かせないお酒はご法度です。)

あと数週間でおこなわれるタバスキ用の羊が、我が家にやってきました。タバスキの日、マリではたいていの家で、一家に一頭の羊がほふられます。家で羊を飼っているご家庭はその羊をほふりますが、わたしがお世話になっている大家さんちには、羊がいません。なので毎年、お祭りが近くなると、市場や牧畜民である知り合いから仕入れてきます。

ジェンネで定期市が開かれる月曜日、大家さんがたいへん満足げな表情で、羊を連れて市から戻ってきました。いつもはお祭りの一週間くらい前に買うので、すこし早い今年の羊さん登場に、子どもたちも大興奮。「ンベー(羊の鳴きまね)だ!ンベーが来た!」「ねぇ、ダーダ(パパ)、これうちで飼うんだよね? 名前つけていい!?」とはしゃいでいます。

大家さん、ずいぶん奮発したようで、今年の羊はいつにもましてご立派。大家さんに値段をたずねると、むふむふうれしそうな顔をして、「けっこう高かったな」言うだけです。値段を明かしてくれません。おととし聞いたときは10万CFA(2万円くらい)とのことだったので、それ以上のお値段かと。大家さんちはジェンネのなかでも比較的お金のあるほうですが、それにしても、たいへんなお買い物です。この出費もすべては犠牲祭を祝うため。一家の大黒柱にとって、この日のためにこのような立派な羊を買えるというのは、甲斐性がある証拠、誇らしいことなのです。

そんなこんなで、この羊さんがほふられるまでしばらくは、庭に羊がいる生活です。大家さんちのちびっ子たちが、さっそく羊に名前をつけました。「ハルベル」といいます。年配のひと、おじいさん、という意味のジェンネ語です。実際はおじいさんと呼ばれるほどの年でもないのでしょうが、ご立派なわりにカモメのような緩い曲線の角、おとなしい性質の羊のなかでもさらにもっそり動くこの羊によく合った、良い名前だと思います。

この羊さん、いつもは中庭の隅で呑気に草をはんでいますが、なぜか夜中は、わたしの部屋のドアのまん前に移動して眠ります。初日だけたまたまかと思ったら、その後もずっと。なにか羊に心地よい「気」が、わたしの部屋の前に漂っているのでしょうか。夜中にトイレに行こうとドアを開けると、「…んべへぇっ」という間抜けな悲鳴が。どうやら、勢いよく開いたドアが羊にしたたか当たってしまったようです。「あ、すいません、寝ぼけてたもんで…」と謝りながら、羊をまたいでトイレへ。なんと牧歌的な生活。

「ハルベル」、すてきな響きの名前ですが、あまり名前を呼んでかわいがると、お祭りの日においしくいただけなくなってしまいそうで…。わたしこう見えて、けっこう情の動きやすいたちなのです。犠牲祭は羊を食べてなんぼですから、ドライに「羊さん」と呼ぶにとどめ、しばし、羊のいる生活を楽しもうと思います。



「ハルベル」とその名付け親の3人。羊の横で、いっちょ前にキメキメの表情の小学2年生がかわいらしい。

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