2009年10月10日土曜日

ネズミとの闘い、ジェンネにて。 La lutte contre la souris à Djenné

長いことネズミに悩まされてきました。ジェンネのわたしの部屋には、ネズミが出没します。わたしのところに限らず、ジェンネのたいていの家で、やつらは我がもの顔でチューチュー走り回っています。

わたしは人間以外の動物に特別な愛情をかたむけることはあまりないけど、かといって苦手とか嫌いというわけでもありません。笑顔で撫でまわすわけでもなく、大慌てで逃げ出すわけでもない。動物からしたら、もっとも害のすくないタイプの人間かもしれません。

そんな動物にニュートラルなわたしも、ジェンネのネズミは嫌い!かれらには腹を立てています。日本の都会に住んでいるとあまりネズミを見かけませんが、ジェンネにはわんさかいます。

ひとが眠っているときに、2,3匹で楽しげにわたしのまわりを走りまわって安眠を邪魔する。お茶パックや砂糖などを保管している袋を開けると、「ちゅっ!? びっくりしたっ!」と叫びながら飛び出してくる。それにかれらは、小さなフンをたくさんする。そんな小さな体でこれほどお通じが良くて大丈夫ですか? と余計な心配をしてしまうくらい、ぽこぽこ出しては部屋のあちこちに置いていく。わたしの大事な本に、たまにおしっこもひっかけていく。よりによってなぜ本の上に。このおしっこがまた、かなり独特な臭いで、とても気に障る。たまに、昼寝しているわたしに勝手に突進してきて、勝手にびっくりして噛みついてくる。

なにが悔しいって、これだけの悪さをするくせに、見た目がとってもかわいいことです。夜中に物音がして、「また出たな、鼠小僧!」と、ランプをかざしながら部屋の隅に追い詰めたときの、ネズミのその姿ったら。突然の光におびえて微動だにできず、ちぃちゃくて、尻尾はしゅんと垂れ、いつもより弱々しく「…ちぅ…」と鳴く。こちらを上目遣いに見やって、許しを乞うてくる。くそぅ、かわいいじゃないか。わたしがそのかわいさにも屈せず、退治しようと棒を振りかざすと、「ふっ、ちょろい人間め。わたしのかわいさにひっかかりおって」と言いながら、さっきまでの硬直が嘘のように、チュチュチュ! と勢いよく逃げていく。憎たらしいっ。

そんなネズミとの攻防をつづけて数ヶ月。先日、ネズミ事件が起きました。その前夜、お祭に向けた町内の話し合いに参加して、夜10時半頃に部屋に戻ってきました。扉を開けたら、部屋がとても臭い! 家を出た午前中にはしなかった、なにかが腐った臭いがする。不審に思いましたが、この日は暑いなかずっと外で調査してへとへとに疲れていたので、臭いのもとは追求せず、いつものように屋上で寝ました。さすがに部屋の外までは、臭いはもれてきませんでした。

そして翌朝。早朝のさわやかな日光のなかで部屋を隅々見まわして、臭いの原因が判明。――あぁ、床のうえでネズミが死んでいるよ。しかもどういうわけか、つぶれて腐っているよ。おえっ。ジェンネの道端では死んでしまったネズミをよく見かけますが、たいていはすでにカラっと乾燥しているので、そんなにむごい感じではありません。むしろどこか哀しく滑稽。でも、室内でぐじゅっとしたネズミはさすがに凄惨で、気持悪い。そして臭い。

あぁ、朝からめんどうな事件に巻き込まれてしまった…。できれば見なかったことにさせていただきたい…。でもこの臭いはたまらないし、この状態のネズミから変な病気でももらったらたまりません。伝染病の媒介はネズミの得意分野といいますし。というわけで、ネズミ確認後30秒で、迅速にお掃除開始。こんなときつくづく、自分があまり敏感な性質の女の子でなくてよかったなぁ、と思います。鈍さも時には大事なのです。

まずはネズミのうえにどさっと砂をかけて、そのじっとり感を除去。そして砂ごとほうきですくってお外にぽい。刑事ドラマでよく見る、亡くなった形そのままをチョークで線引きしたようなネズミ形のしみが、コンクリの床についています。これが憎き敵の最期の姿かと思うと、さすがにかわいそう。そのしみに軽く合掌しつつ、においをごまかすため香水をふりかける。周辺にあった物を外に出し、豪快に水洗い。最後は部屋全体をほうきで掃いて、粉洗剤を溶いた水でコンクリの床を拭きあげる。臭いがまだ強く残っているので、こちらの伝統的なお香と木の根でできた薬を適当に混ぜて、炭にのせてもくもく焚く。朝から大掃除して汗をかいたので、自分自身も水浴びして完了。スッキリ。

水浴びから戻ってくると、お隣のクンバ姐さんが「ミク、おはよう。早朝からお掃除ごくろうさん」と声をかけてくれたので、ネズミ事件を説明しました。すると彼女は、「毒を盛れ。うちにも三ヶ月前までたくさんいたけど、毒を置いたら一匹残らずどこかへ行ったよ」と言います。三ヶ月前…うちにネズミが増えてきた頃や。姐さん、きっとその「どこか」は、隣の私の部屋です。

彼女によると、店で「殺鼠剤」が売っているとのこと。実は数週間前、スプレーの殺虫剤(蚊用)をたっぷりふりかけた粟の毒団子を手作りして置いてみたのですが、あやしさを察知したのか、ネズミは素通り。殺虫成分が強すぎて、むしろそれを作った自分の手のほうが荒れてしまう、という苦い結果に終わったことがありました。なぁんだ、店で売ってるのか。こんなことなら早くクンバ姐さんに相談すればよかった。

さっそく買ってきた殺鼠剤がこちらです。


バンバラ語で「ニニェファカラン」。1g入りで75CFA(約15円)。中身は紺色の粉。中国は天津製。中国語とフランス語表記なので、おそらく、フランス語圏アフリカ輸出向けの製品だと思われます。1g15円の殺鼠剤までアフリカに輸出とは、さすが中国ビジネス。守備範囲が広いというか、ニッチというか…。

食べかけのスイカにこの粉をふりかけて、部屋に置いてみました。スイカに毒の粉をかけながら、「今度こそは!」とどこかルンルンしている自分が、非道なやつに思えてきました。でもやはり、ネズミから伝染病をもらったりしている場合ではないので、ここは心を鬼にして毒を盛る。クンバ姐さんいわく、「1日半待て。やつらは絶対にひっかかる」とのこと。効果やいかに。

***

ネズミ事件の報告を書いていると、無性に開高健の『パニック』が読みたくなってきました。彼のデビュー作なのでご存知の方も多いと思いますが、 "ネズミ・パニックもの" の小説です。中学の頃にはじめて読んだ開高作品がこれ。当時思春期の小娘にとっては、時代設定が微妙に古臭く、しかも彼の文体がどこか男くさく感じられて、いまいち好きになれなかった。思春期もとうに過ぎ、ネズミの不気味さを思い知った今なら、この作品をぞんぶんに楽しめそうな気がします。

2 件のコメント:

  1. いやぁ、私も以前、インドでねずみには苦労しました。特に死骸。朝起きたら死臭が充満していて、あ、今日は。と思うかんじ。小さいのにずっしり重くてまだ柔らかい体がなんとも生々しく、扱いづらかった。砂をかけるってのは妙案ですね。

    我が家では、毒をもったりいろいろ試した結果、部屋で死なれるくらいなら、チューチュー駆け回って本とか齧る生きているねずみのほうが断然よい、という結論になったのだけど。毒を食べて外で死んでくれたら一番いいんだけど、なかなかそうはうまくいかなかったよ。

    しかし、今回ホームスティした家では、すべての家に高機能の網戸がついていたからか、ねずみも蚊も入ってこなかったんだよねぇ。網戸、ジェンネの建物にどうですか?

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  2. >たまこちゃん

    あ、たまこちゃんや。

    そうなんやー、インドでも。ほんと、困るよね、小さいけどやっぱり僕たち哺乳類!ってかんじの存在感のあるご遺体。

    今のところ、律儀にお外で亡くなっておられます。1日ですでに4匹。多っ!ちゃんと外で死んでいるのを見て、なんとなく「悪いやつじゃないんだけどね…ごめんね」と切なくなってしまったよ。でも、いつ室内で死んでしまうか。うーん。

    生きているネズミのほうがたしかにいいけど、ここはいろいろな病気がこわいところなので、もうちょっとこの罪悪感のなか過ごしてみるよー。網戸、まじで検討してみる。

    そろそろ、「あいつの家には近づくな!」っていうダイイングメッセージをほかのネズミに遺していくネズミがおると思う。ネズミ間での危険情報がちゃんと広がって、うちに近づいてさえくれなけれれば、わたしも毒をもらんでいいんやけどねぇ。

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