2009年10月26日月曜日

巡礼の心得。

もうすぐ、メッカ巡礼の季節です。メッカへの巡礼は、ムスリムの皆さんにとって五行(信仰告白、1日5回の礼拝、ラマダーン月の断食、喜捨、巡礼)のひとつ。巡礼の月は太陰暦の12月、日本のカレンダーだと、今年は11月19日~12月17日にあたります。

マリはムスリム90%の国。たくさんのマリ人の皆さんが、メッカへ巡礼にいきます。国営放送のニュースによれば、6500人。マリからメッカに行くには、飛行機に乗ってサウジアラビアまで行って、何日間も宿泊して…と、なにかとお金がかかる。6500人は多いように思えますが、行ける人は限られています(マリの人口は約1200万人)。首都バマコにはメッカ巡礼専門の旅行代理店もあり、以前そこで調べてみたところ、いちばん安くて100万CFA(20万円)くらい。たとえば大工さんの日給が2000~3000CFAくらい、小さなキオスクを経営している人が貯金にまわせる額が、月に1万CFAくらいだそうですから、かなりの高額です。

メッカに行ける行けないにかかわらず、ムスリムの皆さんにとって、巡礼の月というのは特別なようです。マリの国営テレビの放送でも、そのムードは高まっています。「メッカでの巡礼の手順を練習する講習会を開きます」といったお知らせも流れます。また、「巡礼にむけた心得」のようなものが、寸劇形式でわかりやすく放送されます。これがなんだかおもしろい。

「心得」は3つ。寸劇のおおまかなストーリーに沿ってご紹介します。台詞はすべて、公用語フランス語でなく、マリのリンガ・フランカであるバンバラ語です。(うろ覚えなので、台詞の再現はかならずしも逐語訳ではありません。)

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〇心得1『シャワーとトイレの使い方を知ろう。』

舞台は、巡礼先のメッカの宿泊所。びしょ濡れになって驚いた様子で登場するおじさんA。トイレ兼シャワー室からでてきたところ。Aを見て「一体どうしたんだ?!」と驚く友人B。「つまみをひねったら、なんか、上からどばぁ!と水が降ってきたんだっ…!」と混乱しているA。どうやらAは、シャワーの存在を知らない。シャワーの使い方を知っているBは、「それはシャワーってやつだよ! お前、水だしっぱなしにしてきたのか?」と、シャワーの水を止めに行く。

その後ナレーションがはいり、映像とともに、ていねいに水洗トイレやシャワーの使い方が説明される。「トイレを流すときは、タンクのうえにあるボタンを押します」「シャワーの青い色がついているほうは水、赤い色のほうはお湯です。両方の蛇口をちょっとずつちょっとずつひねって、水の温度を調節しましょう」などなど。

〇心得2『外国では貨幣の価値が違います。』

メッカのとある宿泊所に泊まっている女性たち。おばさんAが、満足げに宿に戻ってくる。「ほら、このショールきれいでしょ? そうそう、礼拝用のじゅうたんも買ったのよ~ぉ」と、うれしそうに品々を自慢するA。メッカの町でお買い物をしてきたらしい。「で、いくらしたの?」と聞く同室のB。A「5000だよ」B「つまり、セーファ(CFA、マリをふくむフランス語圏西アフリカの通貨単位)だったらいくらよ?」A「へ? いっしょの5000じゃないの?」B「あんた、それが、違うらしいのよ。確認したほうがよくない?」ということで、ツアーコンダクターらしき若いマリ人男性Cが部屋にやってくる。

A「ねぇ、このお札、セーファでいくら?」C「5万CFAですね」A「うそっ…わたしそんなに使っちゃったの!? もう残りこんだけしかないのに…」と頭をかかえるA。Cがくるっと振り返って、カメラ目線でテレビの前のみんなに注意をうながします。「外国の通貨の価値は、セーファと一緒ではありません。気をつけましょう」

〇心得3『飛行機にのせられる荷物には制限があります。』

頭にスポーツバッグ、両手にボストンバッグ、首にも袋やら服やらをぶらさげているおばさんA。メッカに向かう旅のため、マリの自宅を出るところです。その大荷物を見て、おどろく近所のおばさんB。「そんなにたくさん荷物もっていくの? 飛行機にはそんなに積めないわよ?」A「どれも必要な荷物なのよ。大丈夫よ~、飛行機は大きいし」B「飛行機では荷物を量って、重すぎたら積めないらしいわよ」

Bの忠告を聞かずに、大荷物のまま飛行場についたA。飛行機に乗り込もうとすると、案の定、係員に止められます。手荷物1個のほかの乗客は、彼女を追い越して、つぎつぎに乗りこんでいく。

そして次のコマで、泣く泣くひとつだけバッグをもって飛行機に乗り込むA。滑走路には、置いていかざるをえなくなった大荷物が、ぽつんととり残されています。

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「巡礼の心得」というより、「はじめての海外旅行の心得」といった感じですが、この短い宣伝番組は、政府の「巡礼事務局」によって制作されています。観光局や外務省ではありません。

高い旅費がかかるといっても、水洗トイレとシャワーのついた首都の豪邸に住み、飛行機で海外旅行に何度も行ったことのあるお金持ちだけが、メッカ巡礼に参加するのではありません。トイレは穴、水浴びは井戸水をバケツで、飛行機は見たこともない、という田舎の人でも、巡礼に参加します。自分たちの村のイマーム(共同体の宗教的導師)のおじいさんを、念願のメッカ巡礼に参加させようと、村じゅうでちょっとずつお金をだしあう場合もあると聞きます。

「心得」のチョイスに、なぜあえてこの3つ? という疑問がわかないわけでもありませんが、おそらく、これまでに何度も、問い合わせやトラブルがあった事例なのだと察せられます。

皆さん、よい巡礼をしてマリに戻ってこられますように。特に、シャワーの蛇口のひねりすぎには気をつけていただきたいです。すでにシャワーの使い方を知っているはずのわたしですら、たまに「熱っ!」とか「冷たっ!」と、痛い目に遭います。

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