2009年10月24日土曜日

ブラコロ!

きのう、ジェンネの町を歩いていたところ、12,3歳の男の子に声をかけられました。「シノワムソ!ヒーホン!シンチャンチョ~~ン」――これは、マリの人がわたしを呼ぶときによく使うことばです。「シノワ」は中国人、「ムソ」は女の意味で、「ヒーホン」はおそらく「你好(ニーハオ)」。そのあとにつづく言葉は人によって違いますが、中国語風に適当に言っているのだと思います。

なぜフランス人には「フランス人!」と言わずに「ムシュー」とか「マダム」と呼びかけ、アジア人には「シノワ!」なのか。そこらへんの区別に、マリの人の欧米人への、「反発と同時に卑屈」という屈折した感情と、アジア系への差別意識が垣間見える気がします。なので、こう呼びかけられると、なんだかイヤぁな複雑な気持がします。でも、いちいちそれに反応していては街を歩けないくらい、この呼びかけは頻繁です。(もちろん、誰に対しても変わらず接する人たちもたくさんいます。)

たまにこの呼びかけに、空手かカンフーを真似ているらしき、妙なポーズがついてきます。これはさすがに、中国の人にも私にも失礼すぎると思うので――だって、通りすがりの初対面の人に、武道のポーズで今にも蹴りかからんとしてくるなんて。どんなしつけを受けてきたんだか――ので、わたしは「ひざかっくん」で切り崩します。こちらの人が真似るカンフー風のポーズは、たいてい不安定な片足立ち。なので、立っているほうの足のひざを裏から軽く押すと、すぐ倒れます。

こういう人たちに腹は立ちますが、怒ったわたしがひざかっくんをしてこけさせても、こちらの人はまず怒らない。あっけにとられた感じで、「ハハハ、さすがシノワ・ムソ! すごいね~その技!」などと笑って、砂をはたきながら立ちあがってくる。マリの人たちのこういう穏かさ・軽やかさは、けっこう好きです。それを見ると、『人をばかにしたような変なあいさつしてくるけど、別に根っから悪い人でもないよなぁ』と可笑しくなります。

話がそれました。きのうの男の子の話。シノワムソ、ヒーホン云々でよしておけばよかったのに、その男の子は、さらにすれ違いざまに、「ブラコロ!」と言ってきました。これにはびっくり。

「ブラコロ!」は、マリでは子どもがおとなにたいして決して言ってはいけない侮辱表現です。アメリカの道端で、まったく知らない大人に中指を立てながら、例のfからはじまる4文字ことばを発するくらい、失礼なことです。(たぶんね。アメリカに行ったことないのでよく分かりません。)「ブラコロ」ということばは、明らかに冗談で言っていると分かる場合以外に発すると、おとな同士でも大喧嘩に発展することがあります。まして子どもが見ず知らずのおとなに言うなんて、アンビリーバボー。

これはバンバラ語のことばで、「ブラ」とは「よく焼けた」、「コロ」とは「トカゲ」の意味。直訳すれば「よく焼けたトカゲ」ですが、暗に意味されているのは、「トカゲを焼いて食う奴=割礼前の人間=一人前じゃない奴、"ガキ"」。わたしの知る限りですが、マリで人を侮辱するのに、このことば以上に失礼なことばはありません。アラビア語起源の「アル・ハラム!」(不信心者!)という表現もたびたび耳にしますが、これは悪さをしたり礼を欠いた子どもにたいして親が使うことばで、侮辱というより、叱るための表現です。

さて、なんで「トカゲを焼いて食べる=割礼前」なのか。こちらには、10~20cmくらいのトカゲがたくさんいます。いまこれを書いているネットカフェの床にも、数匹がせわしくちょろちょろろろろ。マリの田舎の子どもは、たまにこれを捕まえて皮をはぎ、焼いて食べます。(肉質は鶏のササミみたい。塩をふるとおいしいらしい。)でもそれは、割礼儀礼をまだすませていないくらいの、小さな子しかしない行為だとされています。「社会性を身につけていない子どもが勢いでする野蛮な行為」といった印象。

さらに、なんで「割礼前="ガキ"」なのか。マリでは男女ともに、割礼――男の子のばあい陰茎の包皮切除、女の子のばあい陰核の一部切除――をほどこすのが一般的です。割礼の施術には国内外から賛否両論がありますが、ふるくからおこなわれ、今でもかなりの確率で行われる儀礼であることはたしかです。乳児死亡率が10%を超える(つまり10人の赤ちゃんのうち1人以上が1歳未満で亡くなる)マリでは、割礼ができる年齢までこどもが育ったということは、親や地域にとってよろこばしいこと。割礼儀礼は、親御さんと子どもにとってのお祭りでもあります。民族や地域によって割礼を受ける年代にちがいはあるそうですが、ここジェンネでは、3~10歳くらいのあいだにおこなわれます。つまり、割礼を受けていないということは、いくら大人の風貌であろうが、「ガキ」扱いなわけです。

12,3歳の子が、何を思っておとなのわたしに「半人前のガキめが!」というニュアンスのことばを吐いてきたのか分かりませんが――単にお友だちの前で悪ぶってみたかったのか、わたしがことばの意味をわからないだろうから馬鹿にしてやろうと思ったのか――、とにかく、これはイケマセン。お仕置きしないとイケマセン。とっさにその男の子の腕を力いっぱいつかんで、「こらっ!」とほっぺを平手打ち。ぺちん、という音のへなちょこビンタでしたが、さっきまでのいきりはどこへやら、男の子はわぁわぁ泣き出してしまいました。

その泣き声を聞いて、わらわらと人が集まってきました。その子の腕をぎゅっとつかんだまま、「あなた、自分の言ったこと分かってるわね!?」と叱っているわたしに、野次馬のおじさんが「どうしたんだ!?」と聞いてきます。「この子がわたしに、突然、ブラコロ!と言ってきたんです」と説明すると、野次馬の皆さんも喧々諤々。「あ~、それはいけない!」「お前、なんてことを!」「この子はまだ何も知らない子どもだ。そんなことを言われても、お嬢さん、どうか気にしちゃだめだよ」「まったく、どこの子だ!」などなど。

こうしたまわりの人びとの反応を見て、あらためて、「ブラコロ」ということばはたいそうな侮辱言葉なんだなぁ、それに、割礼してるかしてないかって、ここでは大きいことなんだなぁ、と思い知った次第です。

――ま、実を言うとわたしは割礼を受けていないので、ブラコロっちゃぁブラコロなんですけどね。あの男の子は、ある意味、間違っていない。トカゲもどんな味なのか、ちょっと食べてみたいし…。(でもそうすると正真正銘の「ブラコロ」になってしまうので、やめておこう。)


【写真1】割礼を祝うお祭りが始まるところ。盛装した子どものお母さんたちや近所の人たちが集まって、歌って踊っての大騒ぎ。この前日には、近所の人たちに盛大な食事もふるまわれます。


【写真2】 割礼後の子どもたち。近所や親戚の割礼適齢期の子どもたちを集めて、まとめてやります。このようにお揃いの服・御守を身に着けて、「大人の心得」などを歌や踊りの形式で、世話役のおばあさんから教わります。

2 件のコメント:

  1. 私も現在イスラム圏に滞在しているのですが、しばしば「シーニー!ニーハオ!チョンチンカントン!」などと言われております(後半部分は適当のようです)。「日本人だ!」と言い返すと、「あー日本人、日本人ねえ・・・」と、なぜかテンションダウンします。日本人相手だと言うことが思いつかないのでしょうか。別件で「日本人はすごい!日本製はすばらしい!」とはよく言われますが。

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  2. Tanakaさん

    コメントありがとうございます。気づくのが遅れました。いまイスラーム圏にいらっしゃるのですね。といっても、とても広いので、どこかしら。

    そうなんですよね、たまに「日本人だよ」と訂正すると、特にイメージが沸かないのか、「…へ?あ、そう…」と、一気に冷める感じ。ジェンネのこどもには、日本を知らない子も多いです。

    パリのとある中華料理屋で、隣に座っていたお客の男性に、日本人か中国人かと聞かれ、「日本人です」と答えたら、その男性が日本(というか日本人女性)をベタほめしはじめ、中国の人のことを悪くいいはじめたことがありました。

    その様子を聞いても、顔色ひとつ変えずにそのお客に注文の品を出していたお店のご主人(中国人男性で、フランス語も解していた)を、すごい、と思いました。わたしなら「このラシスト!中国料理食べる資格なし!」とか言いながら、水をひっかけるな、と。

    なんだか、「シノワ!」といわれるたびに、外にでて働いている中国の人も大変だよなぁ、と思います。もちろん彼らの側にもいろいろ問題はあるのかもしれないけど、中国人をじかに見たこともないジェンネの子まで、ばかにしたように話してくるなんて、妙な話です。

    田中さんも、どうかお体に気をつけて滞在を楽しまれてください。

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