2009年7月7日火曜日

使ってはいけない。

先週金曜日、お隣に住んでいた方が亡くなりました。まだ30過ぎ、わたしと同年代の女性でした。病気がちでたいていは家にいたけれど、調子のいい時には家事仕事もするし、毎夜友達と中庭でおそくまでおしゃべりが日課でした。誰も亡くなるほどの重病だと思っていなかったので、ご家族、近所の人、とにかく驚き、悲しみました。

亡くなる前の一週間はあまり調子が良くなく、寝込んでいました。金曜のお昼、横になっていた部屋からふらふらと出てきて、それぞれの部屋にいた長屋の人たちに、中庭から話しかけてきました。「わぁ、ビビ、今日はずいぶん大きな魚買ってきたのね」とか「クンバ、いないの?お昼寝中?」「ミク、お仕事の調子どうよ?」など。自分の足で歩いて笑顔で挨拶しているけれど、その様子はどこか変。その姿に、いつもの彼女の、ちょっとコケティッシュな丸みを帯びたオーラがない。生気が完全に失せている。奇妙に感じた長屋の皆が部屋から出てきて、「疲れてるんじゃない?横になっときなよ」と言いながら彼女を部屋に連れて行き、寝かせました。いま思えばあの挨拶は、虫の知らせを聞いてのことだったのかもしれません。そのたった数分後に、すぅ、と天に召されました。

賑やかな人でした。とにかくおしゃべり好き。よく笑う。気が強いところもありました。結婚してお子さんもいましたが自分から三行半を突きつけ離縁。実家には戻らず、友人であるお隣さんちに居候し、新しいボーイフレンドもできて、楽しそうにしていました。よく通る声で大声で笑い、男性とも激しく喧嘩し、逃げる相手に鍋ややかんまで投げつける。でもいつも結局は笑いながら仲直り。たまに原因不明で寝込む姿を、まわりの人が「お、また仮病が発病かぃ?」などとからかっていたくらいでした。

病院に行っても、毎回風邪だとかマラリアだと言われるだけ。素人目に見たら、それにしてはぐずぐず続くなぁ、ちと治りが悪いなぁ、という感じでした。結局、亡くなった本当の原因は分かりません。ただ、彼女が亡くなってすぐに、近所の人がこう噂しはじめました。

「やっぱりあのプロデュイがいけなかったんだよ…。あれで心臓をもっていかれたんだ」

プロデュイ(produit)とはフランス語で「製品」の意味ですが、マリでは特に「美容製品」を指します。化粧水とか美容クリーム、髪のトリートメントなど。彼女はあるプロデュイを愛用していました。"肌を白くする"クリームです。そのせいか、彼女の肌はところどころ色がすこし薄く、まだらにただれていました。わたしははじめそれをやけどか疱瘡の痕だと思っていて、彼女もきっと気にしているだろうからと、黙っていました。

ある日、水浴び後の彼女が中庭に腰掛けて腕や足にクリームを塗っていて、それがやけどの跡でないことが分かりました。私が何気なく「へぇ、美容クリームなんか使ってるんだぁ。私なんてあせもだから、粉をはたいてるよ」と話しかけると、「あ、これ?肌を白くするクリームなの、うふふ」。こちらでそういうクリームが売られていることは知っていたし、おそらく使用者だろうなという肌の一部だけ不自然に色が薄い人も見たことはありましたが、使っているところを見たのは初めてでした。

このクリーム、女性に限らず男性のなかにも使用者がいると聞きます。日本で売られている美白美容液やしみを薄くする錠剤のような、ビタミンたっぷりとか、漢方成分が入ってるとか、肌に潤いを与えるとか、そういう類のものではありません。直接肌に塗って肌を白くする、いわば「肌の漂白剤」です。何が入っているんだか分かりません。生まれつき黒い黒人の肌が、これを塗れば白くなる…?薬学のやの字も知らない人間にすら、そんなことはありえないだろうこと、ありえたとすれば、体にかなり悪いものを使って無理やり「漂白」しているだけであろうことは明らかです。こちらの人も、それは知っています。

ふんふんと鼻歌を歌いながらそのクリームを塗っていた彼女に、すこし強い口調で警告しました。「そのクリームは絶対に絶対に体に悪いから、使うのをやめな!きっと肌だけじゃなくて、からだじゅうに悪いんだから!子どもを産むときに赤ちゃんにも悪いかもしれないよ」。でも彼女は聞く耳持たず。「そう言う人もいるけど、問題ないわよぉ」。いま思えば、もっと強く言っておけばよかったな、ととても悔やまれます。

わたしが怒ったからか、その後わたしの前でそのクリームを塗っているのを見たことはありませんでしたが、たまに中庭に空になったクリームのチューブが捨てられていて、彼女がそれを使い続けていることは分かりました。捨てられていたチューブやその箱をこっそり見ても、どこにも成分表示はなし。生産地や会社名らしき表記もなし。どこからともなくやってきて人びとを誘惑する、おそろしい薬です。

黒人のひとの黒さとはまた類が違いますが、彼女の気持ちが分からないでもありません。わたしも小さい頃から、色が黒いのが強烈にコンプレックスでした。丸みのない薄っぺらい体型なこともあり、よく男の子に間違われました。どこにも泳ぎに行ってないのに「どこの海に行ったの?」と聞かれるのは毎夏のこと。さらにここマリに住むようになってからは、その黒さに磨きがかかりました。ほくろやしみも、目に見えて増えました。「色の白いは七難隠す」と未だに言われる日本で生きるにあたって、"からだに悪くない"肌を白くするクリーム、そんなものがあれば、正直私だって使いたい。でもそんなものは存在しません。

この年になって、だんだん分かってきました。皮膚がんにならない程度に日焼け止めなどで肌を守っていれば、有色人種の私が、普通の生活のなかで黒くなるのは仕方がないのです。そして、「色の白いは七難隠す」というのは本当かもしれないし、年長の世代の人たちにはっきり面と向かってそう言われたことも何度もあるけれど、難を長所にするのは、その人のキャラクター次第です。いや、私のまわりには、難があるからこそおもしろい人、美しい人が多い気がします。

ニャムイ、あなたの命を奪ったのが何なのかは分からないけど、あの薬だとは断定できないけれど、そんなことしなくても、あなたはとても素敵でしたよ。くりっと大きな目がすこし色っぽくたれていて、賑やかでくっきりとした雰囲気、かわいらしかったです。天国でもたくさんおしゃべりしてくださいね。

ご冥福をお祈りします。

3 件のコメント:

  1. ご冥福をお祈りします。
    兄1

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  2. クリームの存在は聞いたことがあったけど、成分もなにも書いてないとは恐ろしいね。そもそも身体にいいはずもなく。世界のいろんなことがぎゅっと詰まった話です。

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  3. >ryomaくん

    兄2は出発したらしいね。兄1は元気?マミ豆は?

    こちらにおると、本当にいろんなことが起きるよ。もちろん日本におってもいろんなことは起きるんやけど、いいこともそうでないことも、すべてが至近距離。まぁそれがここでの暮らしの醍醐味っちゃぁ醍醐味ですが。

    お仕事忙しかろうけどがんばっちょ。

    妹1

    >wkn女史a.k.a.ぽにょ

    アフリカに限らずアジアでも、いろんなところで「白肌信仰」みたいなのは根強いよねー。でも以前こっちで働くオランダ人の子に、「ミクはいいわねー、こんがり焼けて。私は1年ここにいるけど赤くなるだけで焼けないの。私もあなたみたいなブロンズ肌になりたい。そのほうがセクシーじゃない?」と言われ、あぁ互いにないものねだりなのかしらん、と思ったり。

    唐突やけど、旦那さん元気?ぽにょがおらんくなって、餃子の王将ばかりに行ってませんか。餃子が食べたいな、と思ったら、なぜかおたくの旦那様が思い浮かんだ。(しかもいつものびしっとかっこいいスーツ姿でなく、出発前夜にぽにょ邸に泊めてもらったときの、上下スゥエット~自宅バージョン~で。)

    みく

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