2009年7月2日木曜日

男の結束。



朝5時、むにゃむにゃと寝床の屋上から降りてきましたらば、まだうす暗い中庭に、羊らしき肉が浮かんでいるのであります。わが長屋の玄関間の壁に、しっかり打ちつけられています。

現代の日本でこの光景を目にしたら、ちょっとしたサスペンス。なんの黒魔術?という感じでおののくことでしょう。でもこちらでは、肉はこうした状態から肉屋が切り分けてくれますし、鶏はしょっちゅう自分でほふります。羊や牛は高いのでしょっちゅうとはいきませんが、お祭りの時などに、一族や地域でふんぱつしてほふり、余すところなくいただきます。なので、起き抜け一番に目にしたものがありのままの骨と肉でも、まったく驚きはしないのです。むしろ、両足を行儀よく揃え、脚の付け根とあばらのあたりをナイフでしっかり留めている、その仕事の正しさに、「いい仕事してますねー」とすがすがしさすら感じます。

はて、でも、おかしいぞ。羊は高い品。肉の一部を買うことはあっても、一頭まるごと買うのはかなりの贅沢です。この長屋はにそんな裕福な家族はいませんし、羊を育てている人もいません。誰が買ったのかしらん?疑問に思いながらも、涼しい朝だったので、夜が明けるのを待ってお散歩に出かけました。

お散歩の途中、近所のトラオレじいさんに会います。挨拶をすると、開口一番、「いやぁ参った。子羊がいなくなったんだよ。昨晩、小屋に入れようと思ったら一頭足りない。こりゃぁ盗まれたな…」。あら、なんたる一致。うちの中庭に打ち付けられていたのも、子羊の大きさです。でもあの羊といなくなった羊が一緒という確信はどこにもなし。そしらぬ顔をして聞いてみます。「まぁ、それは残念。泥棒ですかね?」。するとおじいさん「いや、若いのが戯れで盗んだんだろう。泥棒なら上手に全部、5頭とも盗んでいくはずだ」。ごもっとも。

でもなんで「若いの」が盗んだと断定しているのか?さらに聞いてみると、面白い話を聞けました。トラオレじいさん曰く、

「若いのはたまに、近所の家畜をこっそり盗んで、仲間内で調理して分け合って食べたりする。若い時分は、私もそんなことをしていたもんだ。そうだ、人の羊や牛を盗んでは食べていた。いま100歳の人だって若い頃はそうしていたし、今の若いのもだ。でもまぁ、それは若さゆえの戯れだし、自分たちもそうやって育ってきたから、もしいなくなった自分の羊を食べている若者を目の前にしても、気づかぬふりをして通り過ぎる。間違っても警察に届けるようなことはしない。変な表現だが、まぁ、それがマナーというか、男同士の結束、そんなもんだな、ハハハ。だから一頭や二頭盗まれても、悔しいのは悔しいが、仕方ない。でもな、最近の若いのはいけないね。盗んだのを自分たちで食べずに、商人に売り払って金にして、服を買ったり携帯を買ったりする。これはいかん。許せん」。

盗んで食べてもいいが、金に換えてはいけない。それはマナー違反、男同士の結束を乱すふるまい。なるほど。確かに、盗んで食べるまでは「若さゆえのはめはずし」の範疇に入りそうですが、お金に換えた途端にチョットなまなましくなり、「泥棒」度が増す気がします。

「今ごろ盗まれた羊が食べられているといいんですけどね」「あぁ、まったくだ。売り払ったりされたらイヤだね」。戻ってくるといいんですけどね、ではなく、食べられているといいんですけどね、というなんだか妙な慰め方をして、おじいさんところをおいとま。家に戻ります。

すると朝から、なんだか香ばしいにおいが長屋中に。いつも長屋の若者部屋にたむろしている大家さんの息子や甥っ子、その連れたち6人(自称グループ名"Active Boys")が、きゃっきゃとはしゃぎながら、先ほどの羊肉を丸焼きしている最中でした。いつもは8時すぎにもそもそと起きてきますが、今日はまだ7時なのにすでにハイテンション。もう20歳すぎの子たちですが、そこは田舎の男の子。はしゃぎっぷりはまだローティーンのノリでかわいらしく、つい目を細めてしまいます。

確信しましたね。今こんがり焼きあがったのは、トラオレじいさんとこの子羊だ。私がその事情を知っているとはつゆ知らず、男の子たちは無邪気に「ミク姉さん、おはよう!ほら、羊の肉だよ。どうぞっ!」と、私が一番好きなあばらの肉を差し出してきます。「ありがとう。でも、羊は高いのに、誰がお金出して買ってきたの?」。すると、6人とも「えへへ」とか「うふふ」と笑うばかりで、答えません。

・・・君たち!なんて分かりやすくてかわいいの!?盗んできたんだね!

でも、わたしもオトナです。先ほどおじいさんに教えられた「マナー」どおり、そしらぬふりを決め込み、分け前を遠慮なくいただきました。炭火でカリカリに焼けたあばらまわりの薄い肉に、ぱぱっと塩がふりかけてあって、非常に美味です。ワイルドに骨を噛みしだきながらいただきます。

いやぁ、トラオレじいさん、ご安心ください。この町にはダメな若者も確かに多いですが、男の結束はいまもまだ残っているようですよ。少なくともこの子たちは、売り払ってお金に換えたりなどしていませんでした。夜のうちに丁寧にほふり、一晩じっくり寝かせ、うきうき早起きして火をおこし、丸焼きにして、長屋中にふるまって、あますところなくいただいておりました。

ごちそうさまでした。

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