2009年5月27日水曜日

クンバ姐さんの白い粉。




今日のお昼のこと。

長屋の左隣のクンバさんから、「ちょっと来な」と呼ばれました。すると小声で「これ、いる?」と、ひょうたんの器に入った"白い粉"を見せられました。

クンバは40前くらいの女性で、旦那、子ども3人、孫1人と暮らしています。息子たちに鬼のように厳しく、働き者の質素倹約で、どんなに高熱が出ても大怪我をしても一言も痛いとかしんどいと漏らさないような、
チョット気合のはいった女性です。前回の調査からお隣さんなので、かれこれ2年半の付き合いです。

彼女が稲光りの空を仁王立ちでキッと見上げながら、ハスキーな声で「ミク、じきに雨が来るよ。洗濯物、取り込みな…」とつぶやく姿などは、実にカッコイイ。(でも笑うと一気に人懐っこくて幼い感じになる。
そのギャップがまた魅力的です。)

そんなハードボイルドなクンバから見せられた、白い粉。粗めでキラキラしていて、小麦粉ではないことは分かります。ちょっとどきどきしながら、「…何、これ?」と聞くと、クンバはそれには答えず、娘のサーに「さっきのあれ、持っといで」と顎をクイっと上げて指示します。 どきどき。

娘のサーが部屋のなかから持ってきたのは、鍋についているお米のおこげ。サーが「これを粉にしたのよぉ」と、母に似ず甲高い声で説明してくれました。

あぁよかった。クンバの白い粉は、例のブツではなかった。いやぁ、まさかとは思ったけど、ちょっとびびったよ。この粉は、おこげを杵で搗いて粉にしたものでした。

ジェンネ語でお米のおこげは「クス・イジェ」。「鍋の子ども」の意味です。ご飯の時におこげは食べませんが、捨てずにとっておいて、子どもたちが小腹が空いたときなどのおやつにします。おせんべい感覚です。
焦げすぎたおこげは、いったん水でふやかして少し天日に干して、鶏や鴨にあげたりもします。

クンバの説明によると、このクス・イジェの粉を牛乳で溶いてお砂糖を加えるととてもおいしい、とのこと。たくさん搗いたからもっていけ、と。こちらの人は、温かくて甘いミルク粥を朝食や夜食としてよく食べます。「それと同じように作ればいいの?」と聞くと、この粉で作った場合、煮詰める必要はない、冷たいほうがむしろうまい、と。うん、たしかにおいしそう。

「いいねー、いるいる」と答えると、そんなに要らないよぅ、というくらいたっぷり私の器に入れてくれました。おこげの粉と分かっていても、やはりクンバが眉間にしわを寄せながらさらさらと注いでいると、どうしても別のブツに見えて仕方ないのですが。

ありがとう、と粉を手に去ろうとすると、クンバがどすのきいた低い声で一言。「…ミク、あんた、疲れてるでしょう。今年は特に暑いしね。あんた、ちょっと痩せたよ。これは冷たくしておいしいから、たくさん食べなよ。分かったね?」

彼女は前回の滞在から、ここの慣習も言葉も何も知らない私に、「チュバブは本当に何も知らないのね」と苦笑いしながらいろいろ教えてくれました。彼女はフランス語が一切話せないので、わたしがジェンネ語を少し身につけるまでは簡単な会話すらできなかったのに。それでもおかまいなしで、教えてくれました。

例えば、わたしがたどたどしく洗濯物を手洗いしていると、黙って私の手から洗濯物を奪ってシャカシャカ手際よく洗い、ギュゥと絞って最後に一言。「ミク、分かった?こうすんのよ。まぁ、がんばりな。くくくっ」
と乾いた短い笑いを残して去っていく。そういう、気遣いです。

今回も彼女は、夏バテで痩せた私に「どうしたの~?」などとは聞かない。黙ってクス・イジェを搗いて渡す。そしてひんやりレシピを教えて、たくさん食べろと、どすの聞いた声で念を押す。

クンバらしい気遣いがとてもうれしくて、少しこころが弱っていた私は、お部屋に戻ってちょっと泣きました。

嗚呼、クンバ姐さん。あなたはいつも、ビシっと厳しくて、さりげなくやさしくて、とてもカッコイイです。

3 件のコメント:

  1. 素敵なお隣さんがいるのね!
    うちにも、もらったおこげがあります。こっちでは塊のものをお湯でふやかして飲むんだけど、ミルクでも食べてみるわ。大邱の暑さにも効きそう。

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  2. 「そういう人に私はなりたい」
    思わず宮沢賢治を口ずさんでしまうよ、クンバ姐さん。

    mikuちゃん。私が痩せると喜ばしいが、あなたが痩せると本当に心配やわ。私はフィールドで、体調が維持できればたいていのことは何とかなる、と学びました。逆に言えば、体調が悪いときは小さな精神的ダメージでも非常に大きく感じてしまう。いろんなことが起こるフィールド。健康は大事だよ、今まで以上に。

    おこげを粉にしたら美味しそうやけど、私はどうしても、ミルクご飯が苦手です・・・。

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  3. >ryokoちゃん

    「おこげを貰う」って、あんまりないシチュエーションなのに、二人して韓国とマリでおこげを人から貰ったって、なんか面白いねぇ。シンクロナイズド・おこげ。

    粉おこげミルク、おいしかったよ。甘くてほのかに香ばしくて、なかなかよい。粉を多めにすると、ザラザラ度の高いミルク・シェイクみたいになる。インスタントコーヒーを少し加えたりして、変化をつけてたくさん食べています。「たくさん食べろ」との、クンバ姐さんの命令っすからね。

    > wknぽ師匠

    クンバに内緒で彼女のことをブログに書いたのはちょっと気が引けるけど、私のノートパソコンもテレビか何かだと思っている彼女に、現地語でインターネットについて説明する言語能力を、私はもちあわせていない。なので、「手紙で日本の友人と家族に、『クンバっていういい隣人がいる』って書いたよー」と説明しました。「…ん?あ、そう。まぁ、あんたのお父さんお母さんに、ヨロシク伝えといて」って反応でした。

    彼女は自分が日本でこんなに誉められているとはつゆ知らず、今日も一日、鬼の形相で息子2人を叱りつけ、汗だくで杵を搗き、粟の粉をふるいにかけ、生後2ヶ月の孫娘赤ちゃんをどすの利いた声であやしていました。

    フィールドでは、体調管理、ほんとうに大切やなって思う。日本では「ちょっと調子が変やけど、もうすこし様子みながら頑張ろうっと」っていう症状でも、こちらではなるべく休むようにしています。こんなシビアな気候、病院もあってないような田舎で何かあったら、結局はまわりに多大な迷惑がかかるしね。

    今回もたいしたことないけど、心の弱りと夏バテが重なって、お隣さんやみんなに心配かけてしまった…。ぼちぼちがんばります。

    まぁ弱ってたから、改めてクンバのかっこよさにシビレたぜ、ってのはもうけもんやった。うふふ。

    みく

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