2009年11月13日金曜日

ペイ・ドゴンの小旅行。

ちょっと自転車にひかれましたが(いきった中学生の女の子にわざと正面から衝突されたよ!)、ひじと足に擦り傷ができただけで、ひとまず元気です。

逃げたその子の名前をつきとめて、仲介人となる年配の人に付いてきてもらって、その子の親御さんに文句を言いに行きました。そこで話し合いがあってひとまず解決したけど、まだ気持ちはもやもや。その子の「珍しいもの=わたし」にたいする偏狭な態度とか、そういうことでまわりに自分を誇示しようとする根性とかを思い出したら、いやぁな気持がして夜も眠れない。子どもに甘すぎる親と小粒のヤンキーって、日本でもマリでもホントに嫌いよ、わたし。

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さて、以前にも書いたように、今月はじめ、マリ国内旅行に行ってきました。今回はその旅にまつわることについて書こうと思います。

旅先は、マリ中東部のペイ・ドゴン(フランス語で「ドゴンの郷」)と呼ばれる地域です。ここは、人類学をやっている皆さんには、豊かな神話の世界やジャン・ルーシュが民族誌映画を撮った地として知られていると思います。1989年には、ユネスコの世界遺産(文化・自然複合遺産)にも指定されました。ドゴンの神話や民族誌に興味がある方は、マルセル・グリオール『青い狐―ドゴンの宇宙哲学』(坂井信三訳、せりか書房、1986年)を読んでみてください。とても興味深いおはなしばかりですが、長くなるのでここには書きません。

ペイ・ドゴンは、標高200~500mくらいのほぼ垂直の崖が、200kmにわたって、南北に走っている場所です。太古(カンブリアン期、約5億4500万年前~約5億0500万年前くらい)に地面が裂けた跡である崖。とても静かにすくっとそこにある崖の姿は、たいへん荘厳です。

ドゴンという民族の人口は、マリと隣国ブルキナ・ファソに約70万人(ガイドさん談)。たくさんの民族が共生するマリのなかでも、少数民族です。ドゴンの皆さんは、この崖ぞいに村を形成し、畑を耕して生活しています。観光地として有名なので、フランス語を話せる若い男性は、外国人向けの観光ガイドの仕事にも就いています。

マリのひとはよく、じぶんや友だちの民族のステレオタイプを、冗談でからかいあいます。たとえば、漁民であるボゾのイメージは、「いつも魚を食べている、ほんのり魚くさい、泳ぎが魚のように上手」とか、商人であるサラコレは「お金にうるさい、いつもお金を数えている、頭がきれる」、牧畜民であるフルベは「自分より牛が大事、ほんのり牛乳くさい、初対面の人にも社交的」といった感じ。(当たっている部分も多いから面白い。)

そうしたステレオタイプを前提にして、肉を食べている漁民ボゾの友だちに、「おい、肉なんか食べてお腹こわさないか?」と言ってみたり、ちょっと暗算を間違った商人サラコレの友だちに「お金にうるさいサラコレなのに、そんなありえへんミスを!?」とつっこんだり。一見毒舌ですが、これがなんというか、同年代で異なる民族の人たちが集まった場合の、典型的なコミュニケーション術です。とっても楽しそうに、うひうひ笑いながら、それぞれの民族のステレオタイプをからかいあいます。

そんな異民族ジョークのなかでも、ドゴンの人はとくに特徴的。わたしの知っているドゴンの人は、「わたしはプチ・ドゴン(ちっちゃなドゴン)です。両親はいまも崖に住んでます。好きな食べ物は粟とたまねぎ」と自己紹介したりします。ドゴンのひとは他の民族に比べて小柄。そして崖のすぐ下に村を形成し、おもに粟とたまねぎを育てている。「田舎の崖で粟とたまねぎばかり食べている小柄な人たち」というドゴンのイメージを相手からジョークにされる前に、じぶんからネタをふる、といった感じです。そのイメージ通り、わたしが知っているドゴンの人は、小柄でどこか控えめで、穏やかな人が多い気がします。

さて、そんなドゴン・ジョークをこれまでよく聞いていたのですが、実際にドゴンの村々を訪れたのは今回が初めてでした。トレッキングで崖をくだり――階段などはなく、足元がおぼつかなかったので写真はとれず――、ドゴンの村に着きました。旅程が2泊3日だったのでちょっと駆け足でしたが、いくつかの村を崖沿いに徒歩でまわり、夜は村に宿泊(電気・ホテルはありません)。最終日は、崖のぼりをして帰ってきました。「山歩き」というにはスリリングすぎる、崖を「よじ上る」感じですので、この旅程は、高所恐怖症の人や運動が極度に苦手な方にはおすすめできません。



早朝。





崖に寄り添うようにこじんまりと家々が立ち並び、そこから静かにかまどの煙がたちのぼり、犬や羊の鳴き声、女性が粟を杵つくこんこんという音が崖にこだましていました。その村のたたずまいに、ふと、東淵明の『桃花源記』を思い出しました。アフリカにいながら、漢詩、水墨画の世界。

崖に沿って、700の村が存在するそうです。ドゴンのことばにはたくさんの方言があり、せっかく地元っ子であるガイドさんに教えてもらったドゴン語のあいさつも、ちょっと離れた村に行くといまいち通じなかったりしました。



一緒に旅したのは、世界中で旅したりお仕事したりしている、快活でとっても美人な日本人女性。マリの首都バマコで知り合いました。彼女とこの崖の連なりを見やりながら、「いやぁ、それにしても、人間ってどんなとこにも住みつくもんだね~」と感心しきり。


マリは、地理的にも民族的にも、ほんとうにさまざまな顔をもった国です。ジェンネからドゴンの地は直線距離で200kmほどしか離れていませんが、ことばも住む人びとも村のたたずまいも、家の建築方式も、まったく異なる。マリの奥深さを見せつけられた、ペイ・ドゴンの旅でした。

2 件のコメント:

  1. なんと、これが噂のドゴンか!なんだか文献で読んだとおりの写真やね!ちょっと感動。私は高所恐怖症なので行けそうにもありませんが、mkちゃんのレポートで満足。

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  2. >ぽ

    そう、これがドゴンです。よかったよ。景色もそうやけど、独特のトーンで崖にこだまする村の人たちの話し声とか動物の鳴き声が印象に残ってます。

    マリのたくさんの民族のなかでも、ドゴンの知り合いの人にはたいてい好印象なので――ドゴンがって言うか、わたしが知り合ったドゴンの人がたまたまいい人たちやったんやろうけど――、心落ち着きました。

    崖はねぇ、やっぱり下って登ってなんぼよー、ぽにょ。ぜひお試しあれ。

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